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天才と馬鹿

 ま~ゆっくり話でも

何か私が大学の卒論を書いてたとき、心理学を学んでいた同僚が「馬鹿と天才」の卒論を書いていた時の事を思い出した。

日ごろ私も人の身体を改善する事と、総合病院(クリニック)を創るのに一生懸命になりこんな理論をした事を忘れていました。

テレビを見ていると最近では「馬鹿キャラ」が流行っているようで、興味があり見ていました。

私も学生時代本当の天才って何だろうと考えていた時、本当の馬鹿になれる人が天才であると考えた時がありました。

言い換えれば、自然現象の中で今の世の中の人が評価する天才は通用しないと考えたかである。

もっと分かりやすく書きますと、現代の天才と呼ばれる人の基準は、「記憶力」が優れている人を言っています、一回見たものを忘れないそして、人の質問に正確に答えが出来る。

実は私も小さい頃はIQが高く、親はこの子は天才になると期待していたようです、当時は各国の国旗をすべて憶えていたくらいでした、逆に忘れるって事が不思議な時もありました。

今では、身体を壊してしまってからは、やな事だらけで忘れることのほうが得意で、人の名前を憶えるのが苦手になりました。

医者でも施術師の人でも、病気の名前やツボの名前、身体の組織の名前を憶えるのが得意な方もいます、それは一つの能力でとても良いことだと思いますが、私は天才だと自慢する事ではないと思っています。

分からなければ今は辞書を調べると共に、インターネットで調べる事が出来るのですから、必要な時はそうやって勉強すればよい事です。

しかし、我々にもいえるのですが、東洋医学は実践派で感覚で治療を行う為、理論がおろそかになる事が多いです。

理論ばかりで身体を改善する事が出来なければ、必要ないとよく東洋の先生は言いますが、広く多くの人に伝えられ理解してもらう為には必要な事であります。

テレビでも「馬鹿キャラ」を演じている人はいますが、性格が良ければ勉強をしなくては良いと言う訳ではありません、勉強し物事を正確に伝える事で人との争いがなくなるのですから、「ペンは剣より強し」と言う言葉を残した人がいるくらいですから。

私も当時、精神的におかしくなり安定剤を飲んで悩み苦しんだ時は、「ひらがな」も忘れてしまう位になりました、「馬鹿を演じてみよう」と思った時本当になるとは思わなくびっくりしました。

今はその悩みも解決し「馬鹿キャラ」は止め真剣に今までの経験を活かし、人々に分かりやすいように文章にして伝えて行きたいと思っています。

「馬鹿・天才」は人の評価であり能力で大切なのは生きる為の智慧が大切です、ですから、生きる為には「天才」にもなる事が必要な時もあり、「馬鹿」になる事が必要な時もあるのです。

両方使い分けが出来るように学ぶ事は大切ですね! 

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